2002年 11月 19日
Toyo Ito
この日栄ガスビルで開催された、名工大主催の建築フォーラムで建築家伊東豊雄の講演会があり、そのあとの懇親会において、インタビューをしました。
Flat:今日の講演会ありがとうございました。まず、名古屋についてどういう印象をお持ちですか?
伊東: 伝統的に派手な嫁入りや、お金持ちが多いというイメージがあります。名古屋デザイン都市宣言や愛知万博でも慣習的な名古屋らしさを引きずっているように思います。これからの代 はこの文化に徹底抗戦して欲しいね。
Flat:それでは、伊東豊雄さんの事務所で多くの建築家が育っていっていますが、何か特別なことがあるんですか?
伊東: 私の事務所ではひとつのプロジェクトチームをつくる時、私とプロジェクトチーフと若手新人 で構成し、アイデアについて対等に話し合って進めていくことにしています。妹島和世さん は自分の好きなことをずっと主張していました。
若い人の感覚はとても優れていて、大体ミュージシャンや数学者などは20代が一番の時期 だよね。
Flat:では、そのような伊東さんの事務所にはどうすれば入れますか?
伊東: 活き活きとした元気の良い人であれば大学名や肩書きは関係ないよ。まあまずはオープンデ スクに来てみて、自分をアピールしバイトとして潜りこむとかね。
Flat:今の学生の姿勢はどのように感じますか?
伊東: お勉強だけで、自分の技術や経験をあまり重視していないね。それではいろいろな人とコミュ ニケーションするときに、いい反応を返すことができない。むしろこのような時に、自分なりの 感覚を的確な言葉で伝えることができる能力が大切だと思うよ。
Flat:さて、今日もそうなのですが伊東さんのファッションについて、カーサなどの雑誌を見る限りで は今までの建築家のイメージとは少し違うように感じるんですが?
伊東: こういった服を着ることで今の時代の刺激を受け続けたいからね。妹島さんはファッションから 大きなインスピレーションを受け彼女なりのフィルターを通し、建築へと結びつけている。それ が今の時代と直感的な部分でうまくリンクしているように思います。もし村上春樹が好きならば 、その小説の世界観を自分なりの解釈で建築に反映させていくとかね!
Flat:今日はどうもありがとうございました!!
講演後、お疲れの中とても丁寧にインタビューに応じてくださいました。これから建築を目指す私たちは、とてもいいヒントを頂いたように思いました。
(インタビュアー 小林聖明 ・ 山本圭一)
伊東豊雄
1941年 韓国、ソウルに生まれる。
1965年 東京大学工学部建築学科卒業。
1965-69年 菊竹清訓建築設計事務所勤務。
1971年株式会社アーバンロボッ(URBOT)設立。
1979年 伊東豊雄建築設計事務所に改称。
最近完成した「せんだいメディアテーク」では、国内外で建築の領域を越えて話題を独占した。
日本建築学会賞他、多くの受賞歴をもつ。
※このインタビューはテープレコーダーを忘れていたため、要約のみ掲載しています。
ご了承をお願いいたします。