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2005年12月30日

高崎正治

Masaharu Takasakii

COVER INTERVIEW 05
高崎正治/建築家  京都造形芸術大学教授

1953年 鹿児島県生まれ
1967年 建築を始める
1975年 大学在学中に物人(ものびと)工房を開設
1976年 名城大学建築学科卒業
1977〜81年 シュトゥッツガルト大学、グラーツ工科大学建築学教授と協働 1982年 (株)TAKASAKI物人研究所設立
1990年 高崎正治都市・建築設計事務所設立
2001年 RIBAジェンクスレクチャー賞受賞,RIBA名誉会員


受賞歴に、王立英国建築家協会名誉会員賞に選ばれ、「世界に比類なき建築家」と評された。王立英国建築家協会ジェンクスレクチャー賞、日本建築家協会新人賞、日本建築学会作品選集入選、第48回南日本美術展優秀賞があり、世界35カ国、応募者446人の中からグランプリ受賞した新建築国際住宅設計競技の受賞作には、審査員ピーター・クック教授に「これは最高の建築であり、私を恐怖させる」と評され、世界に紹介された。  

■主な著書
「Takasaki Masaharu : An Architecure of cosmology」
プリンストン・アーキテクチュラルプレス社(ニューヨーク)


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Flat:名古屋に対してどのような印象をお持ちですか?


高崎:名古屋の印象は地味という印象だね。おとなしい、もうひとつは素直だね。だから、建築に関してはみんな作風が似通っているから、右ならえって感じ。食べ物でいうと、「豆腐」みたい、のっぺらぼう。何をしたいかが見えない。「お前何がしたいんだ、何が言いたいんだ建築で」、そういう自己主張が弱いね。


Flat:今でも、名古屋はおとなしいと思いますか?


高崎:日本全体がそうなんだけど、おとなしいっていうか、印象として顔がいやらしいね(笑)もうひとつはお人よしな顔をしてるね。だから、これは怖い奴だなって思うよ。日本人は物理的にそのような「怖さ」を持っている。これは、いい意味でだけどね。


Flat:学生時代はどんなことに興味がありましたか?


高崎:学生時代は自分が世界一だと思っていて、自負していたから、世界の建築家に自分の作品を送ったりして、「これはどうだ!」っていうのを自慢していた。その気持ちは今もさほど変わっていない。学校卒業してから、ヨーロッパに行って本当に俺以上にすごい奴はいないんだなっていうのを実感した(笑)その「すごい」っていうのは、自分の能力と比べる人がいないということなんだ。

で、昨年イギリスの国王から賞をもらって、それは史上最年少でアジア人ではじめての作品賞なんだけど、ヨーロッパにとって21世紀に入るすごい大事な賞で、アジア人で仏教徒の人間にヨーロッパの賞を渡すということは21世紀の始まりでとても大事なことなんだ。キリスト教は時間に対する考え方がすごく敏感だからね。それで授賞式の時の表現が「世界の比類なき建築家である」、それは最高の褒め言葉、つまりユニークとか歴史的とかそういう表現じゃない。国王も比較できない、神に比べられている、自分のやってきたことが実証されたなと実感したね。

その自分に自信があるっていうのは、自惚れるということではなくて自分のやろうとしている道はひとつの解答である、そういう信念みたいなものかな。それは大事かもしれない。で、君たちと同じ若い頃は、今は静かでおとなしいけど、非常に激しい性格(笑)。というのは学生っていうのは、「自分が一番だ」って思っているから自慢したくなるでしょ?で、もうひとつは自分はすごいって分かっているから、「どうしてこんなくだらん建築が建って俺には仕事がこないんだ」「こいつはアホか」と思うわけじゃない、「くだらん建築つくりやがって」って思うでしょ?思うでしょ?「しょうもないもの作ってんなー、なんでもっといい建築つくらないんだ」っていう変な意味での正義感と大きな気持ちを持っていたと思う。

Flat:日本と外国の建築教育の違いについてはどう思いますか?


高崎:建築教育の違いは、昨年ケンブリッジ大学とかロンドン大学とかエジンバラ大学とかドイツの大学などで展覧会したり、講義したりしたんだけど、ヨーロッパの学生と日本の学生の違いはすごいはっきりしていて、彼らは世界中の国に散らばって世界の指導者になるっていう考え方を持っているわけ。そういう世界を視野に入れて自分を位置づけようとするね。日本の若者は自分の目先のことだけで、就職とか自分のことしか関心がない。「お前は建築によって、名古屋をどうデザインするんだー!」みたいな大望を持っている人が少ない。名古屋もそうだし、京都、鹿児島、東京もそうだし、非常に「私的」である。僕なんかはいつも世界で表現したいと思っているし、世界の建築をどう作っていくかを考えている。そこが違うかな。日本の学生で「自分の建築をつくってやる」という学生にあまりお目にかかったことがないかな。


Flat:視野の広さが違うと?


高崎:うん。視野や伝統も違うよね。


Flat:歴史に残りたいと?


高崎:まぁ、夢は歴史に残りたいよね。Jリーグに入ったら一軍で活躍したいでしょ?それは当然で、歴史に名を残せたら、それで商売すれば儲かるよ(笑)


Flat:伝統的に日本には私的な考えがあるのでしょうか?


高崎:いや、伝統かどうか知らないけど、どうしても日本ってのは近代建築でしょ?近代建築というのはヨーロッパから来たものでそれをお手本として「それが建築だ」って錯覚したり思い込みでずーっとやってきた。それは日本に限らず、他の途上国でもすべてそうだ。

だから、もうそこから誤っているんだけど、それをしている間は絶対ヨーロッパにはなれないんだ。どう転んでもなれないんだ。でも、なりたがるあいだはずっと、2番3番なんだ、所詮。これはもう勝負にならないんだ。そうじゃなくて、アジアにはアジアのスタイルがあるし、日本には日本のスタイルがある、それを極めないとまともに勝負できない。やはり、世界を視野に入れて日本でどういうことができて、それをつくることで世界にどういう変化を与えられるか、世界でどう評価されるか、どういう衝撃を与えられるか、そういったことを視野に入れてものをつくってほしいね。コルビュジェ、ミースなんかどうでもいいんだよ。関係ないよ僕らには。フランス人だし、ドイツ人だし、どうして日本人に関係があるの?それより、日本人にもっと関係がある韓国や中国の方が歴史的に関係が深い。そっちの方をもっと勉強した方がいいと思うよ.


Flat:最後に建築家高崎正治を何かに例えるなら?


高崎:人間は非常に素朴で静かでおとなしい。魚とか鳥とか植物がすごい好きで、そのような静かにしているのが好き。で、実際事務所ではウグイスを飼っていたりだとか、魚は錦鯉やメダカをたくさん飼っている。これがひとつの顔。で、建築家というのは三つの顔を持っている。建築家としての顔と、プライベートな顔と、もうひとつは建築人、職業人としての顔。

で、建築家の高崎っていうのは、常に世界でやっていきたいと思っていて、世界で誰もやったことがないこと、すなわち高崎でしかできないこと、どの断面を切っても「あっ!これはミスター高崎だ!」って分かるものをつくりたいと思っている。それは図面にしてもそうだし、モデルにしてもそうだし、ディテールに関してもそうだ。そういう建築家になりたいと思っていたし、そのための強い意欲を持っていた。だから、そのときの顔は別人のような顔になる。まったく静かなひとではなく、まったく激しいひとになる。

で、社会人としての顔は色んな地域活動や子供を教えたりとか、生徒を教えたりとか、色んな社会活動をしてるから、どちかというとそれは社会のコミュニティーをどうしたら良くなるかを考えている。つまり、みんなを解放したいわけだよ。今までの建築の教育界を全部開放する、「コルビュジェなんかどうでもいいから忘れなさい、どうでもいいから放っておきなさい」、そうやって解放することによって真の人間に目覚めてくる。そういうことの方が革命的な気がする。そのように自分の中に色んな人格がいるんだ。

だから、みんなカーサブルータスを見るにはいいんだけれど、やっぱりそういうのを一旦忘れて、やはり日本の伝統を知っておいたほうがいいね。日本の今まで二千年のことを、日本の伝統建築はどういうものがあるか、この伝統建築はどこから来たのか、だいたい中国から来たりしているんだけど、中国のどこからきたのか、なんでこんなのが日本に伝わって日本に定着したのかとかね。まぁ、国の成り立ちをよく知っておいたほうがいい。そういう歴史をよく知るということは、非常に勉強になるし、自分のデザイン的にも手助けになると思う。その中でこの黄色い肌を持ったアジア人として、どういうことが可能なのかということをこの風土に住む人間の心理をよく理解すること、「日本人は何だろうか?」そういったことをよく調べてそれを上手にデザインして世界に出てほしいと思っている.


(インタビュアー 鵜飼恵理子・山本真也)





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