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2005年12月30日

田中浩也

Hiroya Tanaka

COVER INTERVIEW 06
田中浩也(Hiroya Tanaka)

1975年北海道生まれ。1998年京都大学総合人間学部卒業。
2000年同大学院人間環境学研究科修了。
2003年、東京大学大学院工学系研究科博士後期課程修了。
                        博士(工学)。現在、京都大学大学院情報学研究
                        科リサーチフェロー。
                        また2000年より、東京藝術大学・多摩美術大学・
                        駒澤大学の非常勤講師を歴任、現在に至る。

「建築と情報」および「空間インターフェイスとインタラクションのデザイン」に関心を持つ。卒業論文「建築形態の4次元デジタルデザインに関する研究」で日本建築学会優秀卒業論文賞。建築家とのコラボレーション多数。参加プロジェクトに、「サイバー三宅島」(2001)スペースジョッキー」(2003)、「ETH-WORLD」(2001)など。また、自身で開発したソフトウェア「PhotoWalker(多次元フォトコラージュ)」を用いたフィールドワーク活動を継続中。

自身のホームページ http://www.spacetimedesigns.org/

PhotoWalkerソフトウェアのホームページ http://www.photowalker.net/


at archi cafe Xebec

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          表現の道具としてのphotowalker

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Flat:はじめに、学生時代に一度名古屋に音楽活動でいらしたそうですが久しぶりに名古屋に来て名古屋の印象はどうかわりましたか?

田中:昔、名古屋に来たときの印象はあまりないので・・・今日の印象でしかないですけど、おおざっぱな言い方をすると仙台にちょっと似た感じがしました。

Flat:たとえば、どんなところがですか?

田中:理屈は特にないです。

Flat:では、名古屋で行ってみたいところはありますか?

田中:行ったらいいところを紹介してください。

Flat:やはり名古屋は地下がおもしろいとおもうのですが。

田中:ん〜、地下か〜。北海道の札幌も地下がすごいんですよ。東京の地下空間も。あのへんとどこがどういうふうに根本的に違うのかをもうすこし明白にしてもらえるとおもしろいです。


Flat:photowalkerをどのようにかんがえていらっしゃいますか。

田中:photowalker は、僕が感じた空間体験を表現したものというのがひとつで、それと同時にそれぞれの人が空間を自由に表現するためのツール(道具)という二つの意味があります。photowalkerによって僕の作家性を出したいと思っているわけではなくて、みなさんの作られる作品に対して作家性を出してほしいとおもいます。それぞれが空間を感じている感じ方を表現してほしいです。表現の道具と考えています。

Web のいいところは、みんながどんどん言いたいことを言える場であると僕はおもっています。だから、どんどん情報を発信をされたらいいと思います。インターネットが最初に出てきたとき世界で言われていたことは、ただの情報を収集するためだけあって、消費者が消費者でなくなるといわれていました。つまり全員が生産者になって情報を公開できる。たしか、「世界にむけて情報発信。」というキャッチフレーズでした。「言いたいことがいえる時代になった!!!」僕はうれしかったですね。だけどだんだんおかしくなってきていってマーケティング、消費の文化が中に入ってきて、資本主義に侵食されそうになっています。僕はそれは戦わなければいけないと思っています。それには全員が消費者から脱却するしかない。つまり生産者になり情報を発信していく。そのためにwebを利用するがひとつの手段であると考えています。

 

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              建築家の定義
      
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Flat:田中さんを一言でいうとなんですか。建築家ですか。

田中:肩書きはどうでもいいんですけどね、名乗ったほうがいいですか?アーキテクトと名乗っても分かりやすくならないでしょ。建築家と名乗ったからといってわかりやすいかといったら、僕はわかりやすいとはあまり思わない。

じゃ、建築家っていったい何?これだけ定義があいまいになっている時代なので・・・。建築家と名乗ってもいいんですけど、イメージとなり、レッテルを貼られるのが嫌なんです。それだけです。建築家でこういうことをやっている人だって分かってもらえればいいのですが、「あ〜、建築家ね。」と世間一般でいう建築家のイメージでレッテルをひかれてしまうと不自由ですね。

僕の場合は最終的にできるものは建築と定めていないので。イメージや目的から先に考え、最終的な形がどのように出てくるかわからない状態から始めます。だから、ワークショップという形をとるときもあれば、イベント、建築家と一緒に建築を建てる、音楽に最終的なアウトプットをとるという形でしかないですね。

Flat:建築にはこだわらずにいろんな方向性を試していくということですか。

田中:僕はそっちのほうですね。でも今、二極化していて真剣に建築の細かい丁寧なところをやっている方もいらしてそれも失ってはいけないと思います。その役割分担が矛盾するとは思っていません。それぞれの役割で世の中を動かしていけばよいので。ただ,みんながやっていることをみんなでやってもしょうがないと思いますけどね。他人と一番、二番を競争するのがすごく嫌なので、みんながやっていなさそうなことをやっているんですよ。

五十嵐さんに、「宗教建築をやっているのはなぜですか」と聞いたら、「みんながやっていなそうだから。」と答えたのと同じです。一番を目指す、みんなと競争する価値観がないです。だれもやっていないことをやれば、「オンリーワン」だからいいじゃないかということですね。

Flat:ちなみに夢は何ですか。

高崎:夢ですか。それがいえないのはまずいですよね。これだけ大きなことを言っておいて。ん〜、今けっこういい感じなのでこのままいろんな作品を制作し続けていけたらいいと思います。僕は一生、生産者でありたいと思っています。

五十嵐:基本的に大学の研究職に就くか就かないかが、一つの大きな分かれ目になるけどね。

田中:そうですね。僕はお金に興味ないので、単に生計がたてばいいので。それだけですね。京大にいますけど、ワークショップなどいろいろ飛び回ることが多いんですよ。五十嵐さんほどではないですが。でも研究と実際にいろいろなところに出かけて行って、場でものを見るということを両立しないことには次の時代はないと思います。別に大学に閉じこもって文献を読んでいたからって、世の中が変わるとは到底思えないですね。教授という立場ではなく、研究と実際見るという行為が両立できるのがいいですね


                             (インタビュアー 新美尚久)





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